2011年09月29日

良性院 善光寺 宿坊

藤木庵を出て、参道で買物をしながら善光寺へ向かった。個性的で面白い店が多く、ついつい寄り道をしてしまう。お土産もここで買うことにした。そんなことをしているうちに、気が付くともう夕方になっていた。その日僕らが泊まる宿坊「良性院」は、仁王門のすぐ近くにある。宿坊とは、寺社の参拝客のために境内に建てられた宿のこと。元々は僧侶が宿泊する施設だった。江戸時代にお伊勢参りや善光寺参拝が浸透する中、徐々に整備され、一般の観光客も泊まれるようになったという。仁王門の周囲には多くの宿坊が並んでいる。仁王門の手前に19軒、奥に20軒、全部で39軒もある。良性院はちょうど中間の仁王門通り沿いにあった。

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仁王門は何度か火災で焼失した。現在の仁王門は大正7年(1918年)に作られたもので、仁王像は高村光雲と米原雲海の合作だ。指先まで力がみなぎり、筋肉や血管が浮き上がっていて迫力がある。高村光雲は上野の西郷隆盛像も手がけた。詩人の高村光太郎の父でもある。この仁王像はディテールがリアルにできている。細かいところを見ようとして覗き込むと、足先が何かに触れた。足元に猫が寝ているのだ。寝ているというよりも、倒れているという方が正しいのかもしれない。近くを通った人たちはみんな、心配そうに覗き込んでいる。これだけ暑いと、日射病も心配になる。ただ寝ているだけならいいのだが。

お参りをしてから宿坊に入る予定だったが、ずいぶん遅くなってしまった。まずはチェックイン(というのだろうか?)してから、夜ゆっくり周辺を散歩することにした。ところが宿坊には門限があるという。18時に夕食が出されるのだが、それまでには戻っていないといけない。しかもその後の外出はできない。

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旅行に出掛けると、その土地の食や酒が大きな楽しみになる。夜の街を散歩しながら、目ぼしい店を探すのは楽しいものだ。僕はそういう時、事前に調べることはほとんどしない。ガイドブックや口コミサイトは、地方の場合はとくに役に立たない。夜風に吹かれながら、繁華街をそぞろ歩きして、明かりのついたガラス戸を覗き込む。暖簾の風格、店内の様子、いい感じで酒が入ったおじさんとご主人の顔。そういった情報からその店の空気のようなものをつかみとる。気分が合えば、スッと中に入ってしまう。いくら雰囲気がよくても、料理がいいかはわからない。でも不思議なことに、今まで失敗したことは一度もない。店先から覗くだけで、いろいろなことが分かってしまうものだ。

今回は宿坊に泊まるのだから、夜遊びは諦めるしかない。そもそも善光寺は16時半に閉まる。周辺の店もそれに合わせて、みなそのくらいの時間に閉めてしまうらしい。門限があろうとなかろうと、夜そとに出ても何もすることはなかったのだ。

宿坊は善光寺を取り囲むように配置されている。観光に便利というのも利点だが、なにもそれだけではない。多くの宿坊では精進料理も食べることができる。食事を目当てに宿坊に泊まる人も多い。

精進料理は10品ほどもあり、なかなかボリュームがある。下に敷かれている紙には、「観音さんも見ている 勢至菩薩さんも見ている 阿弥陀如来さんも見ている みんな見ている 善光寺 合掌」という言葉が記されてあった。てんぷらやそば、豆腐や煮物などが出された。宿坊の食事としては、たぶん標準的なメニューなのだろう。広い畳の部屋にこの日の全員分の料理が用意されている。家族連れ、初老のご夫婦、若いカップル、女性二人で来ている人たちもいる。こうして見ると、善光寺には様々な人たちが来るのだなと思う。お寺ですれ違う人々に関心を持つことはほとんどないが、ここで食事をしていると隣の会話も聞こえてくる。お互いに他の参拝客の顔が見えるというのは、宿坊ならではの経験だと思う。

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翌朝は5時に起きて、お朝事に出掛けた。玄関が部屋になっていて(ワケワカランけど、そうとしか言いようがない)、その部屋で集合した。ソファに座わると、昆布茶が運ばれてきた。みんなこれを一杯飲んで出発することになった。先導する副住職さんの後をついて、ぞろぞろと善光寺に向かう。早朝なので、まだ少し暗い。仁王門を回り込んで、門をくぐって参道に入った。前の日に、門の柱に寄りかかってぐったりと寝ていたあの猫は、朝見た時は門の外側でごろごろと寝ていた。近所の人がおやつをあげると、その時だけ顔をあげて食べはじめる。高齢なのか、何か食べるとき以外はぐっすりと寝ているのだった。

お朝事とは、善光寺本堂で行われる法要。毎朝欠かすことなく、日の出とともに開始される。元々は本堂に泊まって、そのままお朝事に参列していたというが、本堂での宿泊が禁止になってからは宿坊が宿泊と案内を受け持つようになった。お朝事は約1時間行われる。善光寺は無宗派の寺だが、天台宗と浄土宗のお坊さんたちによって日々法要が行われている。

善光寺の敷地内に入ると、座って一列に並ぶように言われた。門の中からお坊さんの行列が出てきた。これは「お数珠頂戴」の儀式というそうで、お朝事の導師を務める善光寺の住職が、信徒の頭を数珠で撫でて功徳を授けるもの。お朝事の前後の往復で行われるが、帰りはタイミングが難しいので、確実に受けたければ朝がいい。

善光寺で忘れてはいけないのが「お戒壇めぐり」。本堂の下の暗い通路を歩いていき、「極楽のお錠前」と呼ばれる鍵に触れると、極楽往生が約束されるという。通路は真っ暗で何も見えない。触れることができない人もいるらしい。そもそも「お戒壇めぐり」自体を忘れそうになるので注意が必要だ。

宿坊に戻ったら、朝食が用意されていた。さっさと片付けて、次の目的地に急ぐ。この日も予定がぎっしりと詰まっている。初日からつめこみ気味の旅行だったが、ほんとうに忙しいのはこの日だった。



■店名:良性院
■住所:長野県長野市元善町498
■電話:026-232-2988


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2011年09月26日

そば 藤木庵 善光寺

松本駅からJR篠ノ井線に乗って、長野駅に向かう。1時間15分ほどの移動だが、車内ではほとんどの時間寝てしまった。初日とはいえ、夜行列車ではよく眠れなかったし、日中は直射日光を浴びてかなり疲れていた。目が覚めた時、列車はスイッチバックで同じところを何度も行ったり来たりしているところだった。スイッチバックとは、そのままでは登れない急な斜面を行くときに、進行方向を変えながらジグザグに登る方法のこと。列車はゆっくりと加速してやがて止まり、また逆の方向に加速しては止まる。眠りが浅かったのか、この不自然な動きですぐに目が覚めてしまった。スイッチバックは確か3~4箇所で行われるが、僕が起きたのは姨捨駅(おばすてえき)だった。「おばすて」とはずいぶん恐ろしい響きだが、標高550mから見下ろす絶景は国指定の名勝の一つに数えられている。川中島の戦いの舞台となった善光寺平を眼下に見下ろし、斜面は美しい棚田が続いている。比較的都会だと思われた松本から長野に移動するだけなのに、まさかこんな山間を通るとは考えもしなかった。事前に何も調べていなかっただけに、別世界に迷い込んだような気分になった。

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この日は長野に移動して宿坊に泊まる。夕食に精進料理を食べて、翌日、善光寺のお朝事に参加することになっている。あれこれと行きたい場所をリストアップしたら、結果的に寺社を巡る旅になった。

長野駅についたのは、夕方近くだった。善光寺へは徒歩30分ということなので、歩いていくことにした。善光寺の参道には興味深い店がいくつかあった。でもそのほとんどは都会的に洗練された店だった。旅行で地方都市に行くと、強烈な個性を放つ店に出会うことがある。そこまで異彩を放っていなくても、僕がいい店だなあと思う店はどこも、粗削りな魅力がある。地方のよさというのは、そういう店が魅力的に映るところにあると思う。ところが長野の、特にこの参道の店は、東京にあっても不思議でないような洗練された店ばかりだった。中に入って飲食をしたわけではないけれど、店の外から受ける印象はそんな感じだった。それが長野でなければいけないとか、善光寺の参道になければいけないというような必然性の欠片もなかった。観光地の商店も資本が入ったり代替わりをしたり、ずいぶん新しくなっている。別に古ければいいとは思わないが、土地の持つ空気や力、そういったものを感じさせるような「新しい」店が出てきて欲しいと思う。東京を真似た(かどうかは知らないが)だけの取って付けたような店は、いくら完成度が高くてもつまらなく感じてしまう。

参道の左右には、いくつもそば屋が並んでいる。一軒一軒チェックしながら、おいしそうな店や面白そうな店を探しながら参道を上った。「不味くても面白ければ、それはうまいのだ」。僕はいつもそう思っている。いくらおいしくても、何かしら面白みがないと、なんだかつまらない。逆にたとえ不味くても、そこに面白みがあれば、それなりの満足感を得ることができる。旅行で立ち寄る飲食店には、その土地ならではの個性があると面白い。

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ところが昼のそばの埋め合わせをしたい気持ちも強かった。一軒だけとても面白そうな店があったのだが、失敗しそうだったので入るのをやめてしまった。いつもなら「これは失敗したね」と、その不味くて面白いものを楽しんで食べたことだろう。そしてそれが長野とか善光寺とかそういう土地の空気を少しでも醸していたりすると、相当に満足できたはずだ。こういう普段の考えを曲げてまでも回避したくなるほど、その店は不味そうに見えた。とにかく今回は、面白さは捨てて(というか、おいしさも捨てて)安定感のある店に入ることにした。

参道の中間付近に「藤木庵」というそば屋を見つけた。文政十年(1827年)創業の、180年以上の歴史ある店だ。国内産そば粉を使用した石臼挽きの手打ちそばで、店構えからして安定感のある印象だった。この店がなければ、ここでそばを食べるのは諦めていたかもしれない。そのくらい守りに入っていたし、この店ならまず失敗しないだろうという確信のようなものがあった。

そばがき(800円)と、ごくらく(1,250円)を注文した。ごくらくは、くるみ、とろろ、もりの3種類のつけ汁がある。なかなか面白そうだ。そばには、二八と十割の2種類があった。今回は二八にしてみた。二八そばというのは、そば粉8割に対し、つなぎの小麦粉2割で打ったそばということだろう。江戸時代、享保年間に登場したといわれる有名な「二八そば」とは別物かもしれない。「二八そば」の由来には諸説あって、そば粉8割につなぎ2割という説と、「二八 十六」の「二八」。つまり当時の夜鷹そばが一杯十六文だったから、その洒落として「二八」と呼んだという説などがある。藤木庵は文政十年の創業。当時、江戸では「二八そば」を値下げして「二七」に看板を掛け変えたという記録もあるという。そして再び「二八」に戻ったのが文政年間だそうだ。そばブームだった江戸と、長野との温度差はあるものの、藤木庵の創業は微妙な時期だったのではないだろうか。

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藤木庵は、いろいろとこだわったそばを提供している。農林水産大臣賞を受賞した生産者石川氏が育てた、長野県信濃町の「霧下蕎麦(きりしたそば)」という蕎麦を使用し、そばを打つ前日に店で挽いているという。そばつゆは、一本釣りされた鰹二年物本枯節などを天然利尻昆布と合わせている。それに濃口醤油を加えて寝かせてから使用するという。そばはコシが強いものの、香りはやや弱め。これは誰にとっても、おいしく感じるそばだろう。つゆは特においしく、そば湯にするとグッと引き立った。安定感のある味だ。東京でも食べられるそばじゃないか、と言われればその通りなのだが、その時はこのそばにとても満足した。

今にして思うと、野麦のそばには無骨な魅力があった。どちらがより長野でそばを食べたという印象を強く残すだろうか。誰かに1軒だけおすすめを聞かれたときに、教えるとすればどちらだろうか。僕としてはやはり野麦に軍配が上がる。あの癖の強さ、個性。店主の執念にも似たこだわりが伝わってくる。不味くても面白ければ、それはうまいのだ。いや、野麦は不味くはない。僕の好みとはズレていたが、ポテンシャルの高さは疑いようもない。でも野麦のそばは、人によっては物足りなく感じるだろう。藤木庵のそばは万人受けするおいしさだったと思う。タイプの違う2種類のそばを食べることができて、そばに関しては満足することができた。いよいよ今夜の宿、宿坊に向かうことにした。


■店名:藤木庵(ふじきあん)
■住所:長野県長野市大門町67番地
■電話:026-232-2531
■営業時間:11:00~16:00
■定休日:火曜日(祝祭日・繁忙期は除く)


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2011年09月20日

そば 野麦 松本

松本でのメインはそば打処「野麦」にいくことだった。早朝に松本駅に着いたものの、特に何もすることはなかった。でもこれは予定通りで、初日にあれこれと詰め込むよりは、どうせ電車の中でも寝れないだろうから、予定を入れずにゆっくりしようと思っていた。ただ一つのポイントは、昼は「野麦」でそばを食べること。開店は11時半なので、それまでに松本市内をぶらぶらと観光することにした。松本城は当初の予定通り。温泉は、もともと考えになかったが、旅行といえば温泉というくらい我が家では定番になっている。2時間くらい空いたので、無理やり予定に組み込むことになった。戻ってきたのは11時前だった。「野麦」は行列する人気店ということなので、少し早いがお店に向かうことにした。

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その日は異常な暑さだった。松本市は周囲を標高の高い山地に囲まれた松本盆地にある。でもこの暑さは地形的な特徴というよりも、今年はどこに行っても暑いというだけだろう。松本に着いた早朝は、ひんやりと寒いくらいだった。盆地とはいえ、さすがに標高600メートル、と思ったのだが、昼が近づくにつれ気温は異常なほど上昇していった。日陰を探しながら右に行ったり左に行ったり。信号待ちの時には裏側の民家の庇を借りたり、とにかく直射日光から逃げながら、ようやく「野麦」に到着した。店先にはすでに10人ほどの行列ができている。親切なことに巨大な日傘が用意されていて、何人かはそれを使っていた。僕らもお店の日傘を借りて、日差しを避けることにした。この夏、行列店では熱中症になった人もいるのではないだろうか。僕らはペットボトルの水を常に切らさなかった。熱中症予防にはとにかく水分を取ること。この旅行は移動が多いので、頻繁に水分をとることに神経質なほど気を使った。11:30になり、最初の客が案内された。店に入る前に行列をざっと数えてみると、40人は超えている。松本でこれほど行列する店は他にないのではないだろうか。

「野麦」のそば粉は長野県辰野町小野地区の地粉のみを使用しているという。石臼で挽いた細切りの九割そば。メニューはざるそば、日本酒、ビール、ノンアルコールビール。たったこれだけのシンプルなメニューだ。ざるそばは一人前1,100円、大盛が1,300円、半分は700円。相席で目の前に座ったおじさんは、ざるそばの大盛を注文した。見るからに常連で、常に大盛を食べていることは、店の人との会話ですぐに分かった。それほど食べれる人には見えないが、大丈夫なのだろうか。そばが運ばれてきて、その理由が分かった。そばの量が少ないのだ。僕らはざるそば一人前、それから日本酒を頼んだ。日本酒は松本の酒「岩波」。僕としては正直、酒は何でもよかった。旅行にいくと、その土地の料理と酒を楽しむのがいい。信州そばと地元の酒。この組合せであれば、銘柄は何でもよかった。「岩波」といえば、信州の地酒、悪い選択ではない。昼からそば屋で一杯。こういう楽しみがあるから旅行も楽しくなる。
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そばは細く不揃いで、コシのないタイプ。そば特有のべたつきがあって、舌に少しピリッとくる。細くしなやかでありがら、口に入れるとかなり強い。そば自体は悪くない。ただ、つゆは辛すぎてせっかくの強いそばの風味が生かされていないように感じた。とりあえず何もつけずにそばだけを味わうことにした。それでも十分に味わいがある。正直言って僕は、特別そばが好きというほどではないし、詳しいわけでもない。だから「野麦」のそばについてあれこれ言う資格はないのだが、「もう一度食べに来たい」と強く願うほどではなかった。このそばが膨大な体系の中でどこに位置づけられるのか、そういうことは全く分からない。ただ、分からないながらも、うまいものは「うまい!」と単純に感じるはずだ。そう思えないということは、僕の好みからは微妙にずれていたということだろう。つゆが辛いせいで、そば湯の風味も少し変わっている。そば湯がうまければ、それなりに締まっただろうに、そのへんも残念ではあった。お腹は予想外にいい感じになった。僕の食べたそばは、おじさんの大盛よりもさらに少なく見えた。ところがこれが、しっかりと腹にたまる。結局、おじさんは結構食べれる人だったのだろう。

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なぜこんな暑い日に50人も行列するのだろうか。それも、どう見ても地元の人ばかりで観光客は僕ら以外にはいないように見えた。地元の人が、こんな日に行列してまでも食べたいということは、ほんとにおいしいそばだったのだろう。ただ、僕の好みとは違っていた。こんなところまでわざわざそばを食べに来たのだから、「さすがそば処だ」と唸るくらいでないと、なんか寂しい。というわけで、その日のうちにもう一杯そばを食べることにした。うまいそばを食べたという実感がないことには、長野を去れないではないか。そんなことを考えつつ、次の目的地、善光寺に向かった。


■店名:そば打処 野麦
■住所:長野県松本市中央2-9-11
■電話:0263-36-3753
■営業時間:11:30~14:00頃(売り切れ次第閉店)
■定休日:火曜日、水曜日(祭日の場合は営業)


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