2011年09月26日

そば 藤木庵 善光寺

松本駅からJR篠ノ井線に乗って、長野駅に向かう。1時間15分ほどの移動だが、車内ではほとんどの時間寝てしまった。初日とはいえ、夜行列車ではよく眠れなかったし、日中は直射日光を浴びてかなり疲れていた。目が覚めた時、列車はスイッチバックで同じところを何度も行ったり来たりしているところだった。スイッチバックとは、そのままでは登れない急な斜面を行くときに、進行方向を変えながらジグザグに登る方法のこと。列車はゆっくりと加速してやがて止まり、また逆の方向に加速しては止まる。眠りが浅かったのか、この不自然な動きですぐに目が覚めてしまった。スイッチバックは確か3~4箇所で行われるが、僕が起きたのは姨捨駅(おばすてえき)だった。「おばすて」とはずいぶん恐ろしい響きだが、標高550mから見下ろす絶景は国指定の名勝の一つに数えられている。川中島の戦いの舞台となった善光寺平を眼下に見下ろし、斜面は美しい棚田が続いている。比較的都会だと思われた松本から長野に移動するだけなのに、まさかこんな山間を通るとは考えもしなかった。事前に何も調べていなかっただけに、別世界に迷い込んだような気分になった。

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この日は長野に移動して宿坊に泊まる。夕食に精進料理を食べて、翌日、善光寺のお朝事に参加することになっている。あれこれと行きたい場所をリストアップしたら、結果的に寺社を巡る旅になった。

長野駅についたのは、夕方近くだった。善光寺へは徒歩30分ということなので、歩いていくことにした。善光寺の参道には興味深い店がいくつかあった。でもそのほとんどは都会的に洗練された店だった。旅行で地方都市に行くと、強烈な個性を放つ店に出会うことがある。そこまで異彩を放っていなくても、僕がいい店だなあと思う店はどこも、粗削りな魅力がある。地方のよさというのは、そういう店が魅力的に映るところにあると思う。ところが長野の、特にこの参道の店は、東京にあっても不思議でないような洗練された店ばかりだった。中に入って飲食をしたわけではないけれど、店の外から受ける印象はそんな感じだった。それが長野でなければいけないとか、善光寺の参道になければいけないというような必然性の欠片もなかった。観光地の商店も資本が入ったり代替わりをしたり、ずいぶん新しくなっている。別に古ければいいとは思わないが、土地の持つ空気や力、そういったものを感じさせるような「新しい」店が出てきて欲しいと思う。東京を真似た(かどうかは知らないが)だけの取って付けたような店は、いくら完成度が高くてもつまらなく感じてしまう。

参道の左右には、いくつもそば屋が並んでいる。一軒一軒チェックしながら、おいしそうな店や面白そうな店を探しながら参道を上った。「不味くても面白ければ、それはうまいのだ」。僕はいつもそう思っている。いくらおいしくても、何かしら面白みがないと、なんだかつまらない。逆にたとえ不味くても、そこに面白みがあれば、それなりの満足感を得ることができる。旅行で立ち寄る飲食店には、その土地ならではの個性があると面白い。

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ところが昼のそばの埋め合わせをしたい気持ちも強かった。一軒だけとても面白そうな店があったのだが、失敗しそうだったので入るのをやめてしまった。いつもなら「これは失敗したね」と、その不味くて面白いものを楽しんで食べたことだろう。そしてそれが長野とか善光寺とかそういう土地の空気を少しでも醸していたりすると、相当に満足できたはずだ。こういう普段の考えを曲げてまでも回避したくなるほど、その店は不味そうに見えた。とにかく今回は、面白さは捨てて(というか、おいしさも捨てて)安定感のある店に入ることにした。

参道の中間付近に「藤木庵」というそば屋を見つけた。文政十年(1827年)創業の、180年以上の歴史ある店だ。国内産そば粉を使用した石臼挽きの手打ちそばで、店構えからして安定感のある印象だった。この店がなければ、ここでそばを食べるのは諦めていたかもしれない。そのくらい守りに入っていたし、この店ならまず失敗しないだろうという確信のようなものがあった。

そばがき(800円)と、ごくらく(1,250円)を注文した。ごくらくは、くるみ、とろろ、もりの3種類のつけ汁がある。なかなか面白そうだ。そばには、二八と十割の2種類があった。今回は二八にしてみた。二八そばというのは、そば粉8割に対し、つなぎの小麦粉2割で打ったそばということだろう。江戸時代、享保年間に登場したといわれる有名な「二八そば」とは別物かもしれない。「二八そば」の由来には諸説あって、そば粉8割につなぎ2割という説と、「二八 十六」の「二八」。つまり当時の夜鷹そばが一杯十六文だったから、その洒落として「二八」と呼んだという説などがある。藤木庵は文政十年の創業。当時、江戸では「二八そば」を値下げして「二七」に看板を掛け変えたという記録もあるという。そして再び「二八」に戻ったのが文政年間だそうだ。そばブームだった江戸と、長野との温度差はあるものの、藤木庵の創業は微妙な時期だったのではないだろうか。

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藤木庵は、いろいろとこだわったそばを提供している。農林水産大臣賞を受賞した生産者石川氏が育てた、長野県信濃町の「霧下蕎麦(きりしたそば)」という蕎麦を使用し、そばを打つ前日に店で挽いているという。そばつゆは、一本釣りされた鰹二年物本枯節などを天然利尻昆布と合わせている。それに濃口醤油を加えて寝かせてから使用するという。そばはコシが強いものの、香りはやや弱め。これは誰にとっても、おいしく感じるそばだろう。つゆは特においしく、そば湯にするとグッと引き立った。安定感のある味だ。東京でも食べられるそばじゃないか、と言われればその通りなのだが、その時はこのそばにとても満足した。

今にして思うと、野麦のそばには無骨な魅力があった。どちらがより長野でそばを食べたという印象を強く残すだろうか。誰かに1軒だけおすすめを聞かれたときに、教えるとすればどちらだろうか。僕としてはやはり野麦に軍配が上がる。あの癖の強さ、個性。店主の執念にも似たこだわりが伝わってくる。不味くても面白ければ、それはうまいのだ。いや、野麦は不味くはない。僕の好みとはズレていたが、ポテンシャルの高さは疑いようもない。でも野麦のそばは、人によっては物足りなく感じるだろう。藤木庵のそばは万人受けするおいしさだったと思う。タイプの違う2種類のそばを食べることができて、そばに関しては満足することができた。いよいよ今夜の宿、宿坊に向かうことにした。


■店名:藤木庵(ふじきあん)
■住所:長野県長野市大門町67番地
■電話:026-232-2531
■営業時間:11:00~16:00
■定休日:火曜日(祝祭日・繁忙期は除く)


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