松本でのメインはそば打処「野麦」にいくことだった。早朝に松本駅に着いたものの、特に何もすることはなかった。でもこれは予定通りで、初日にあれこれと詰め込むよりは、どうせ電車の中でも寝れないだろうから、予定を入れずにゆっくりしようと思っていた。ただ一つのポイントは、昼は「野麦」でそばを食べること。開店は11時半なので、それまでに松本市内をぶらぶらと観光することにした。松本城は当初の予定通り。温泉は、もともと考えになかったが、旅行といえば温泉というくらい我が家では定番になっている。2時間くらい空いたので、無理やり予定に組み込むことになった。戻ってきたのは11時前だった。「野麦」は行列する人気店ということなので、少し早いがお店に向かうことにした。
その日は異常な暑さだった。松本市は周囲を標高の高い山地に囲まれた松本盆地にある。でもこの暑さは地形的な特徴というよりも、今年はどこに行っても暑いというだけだろう。松本に着いた早朝は、ひんやりと寒いくらいだった。盆地とはいえ、さすがに標高600メートル、と思ったのだが、昼が近づくにつれ気温は異常なほど上昇していった。日陰を探しながら右に行ったり左に行ったり。信号待ちの時には裏側の民家の庇を借りたり、とにかく直射日光から逃げながら、ようやく「野麦」に到着した。店先にはすでに10人ほどの行列ができている。親切なことに巨大な日傘が用意されていて、何人かはそれを使っていた。僕らもお店の日傘を借りて、日差しを避けることにした。この夏、行列店では熱中症になった人もいるのではないだろうか。僕らはペットボトルの水を常に切らさなかった。熱中症予防にはとにかく水分を取ること。この旅行は移動が多いので、頻繁に水分をとることに神経質なほど気を使った。11:30になり、最初の客が案内された。店に入る前に行列をざっと数えてみると、40人は超えている。松本でこれほど行列する店は他にないのではないだろうか。
「野麦」のそば粉は長野県辰野町小野地区の地粉のみを使用しているという。石臼で挽いた細切りの九割そば。メニューはざるそば、日本酒、ビール、ノンアルコールビール。たったこれだけのシンプルなメニューだ。ざるそばは一人前1,100円、大盛が1,300円、半分は700円。相席で目の前に座ったおじさんは、ざるそばの大盛を注文した。見るからに常連で、常に大盛を食べていることは、店の人との会話ですぐに分かった。それほど食べれる人には見えないが、大丈夫なのだろうか。そばが運ばれてきて、その理由が分かった。そばの量が少ないのだ。僕らはざるそば一人前、それから日本酒を頼んだ。日本酒は松本の酒「岩波」。僕としては正直、酒は何でもよかった。旅行にいくと、その土地の料理と酒を楽しむのがいい。信州そばと地元の酒。この組合せであれば、銘柄は何でもよかった。「岩波」といえば、信州の地酒、悪い選択ではない。昼からそば屋で一杯。こういう楽しみがあるから旅行も楽しくなる。
そばは細く不揃いで、コシのないタイプ。そば特有のべたつきがあって、舌に少しピリッとくる。細くしなやかでありがら、口に入れるとかなり強い。そば自体は悪くない。ただ、つゆは辛すぎてせっかくの強いそばの風味が生かされていないように感じた。とりあえず何もつけずにそばだけを味わうことにした。それでも十分に味わいがある。正直言って僕は、特別そばが好きというほどではないし、詳しいわけでもない。だから「野麦」のそばについてあれこれ言う資格はないのだが、「もう一度食べに来たい」と強く願うほどではなかった。このそばが膨大な体系の中でどこに位置づけられるのか、そういうことは全く分からない。ただ、分からないながらも、うまいものは「うまい!」と単純に感じるはずだ。そう思えないということは、僕の好みからは微妙にずれていたということだろう。つゆが辛いせいで、そば湯の風味も少し変わっている。そば湯がうまければ、それなりに締まっただろうに、そのへんも残念ではあった。お腹は予想外にいい感じになった。僕の食べたそばは、おじさんの大盛よりもさらに少なく見えた。ところがこれが、しっかりと腹にたまる。結局、おじさんは結構食べれる人だったのだろう。
なぜこんな暑い日に50人も行列するのだろうか。それも、どう見ても地元の人ばかりで観光客は僕ら以外にはいないように見えた。地元の人が、こんな日に行列してまでも食べたいということは、ほんとにおいしいそばだったのだろう。ただ、僕の好みとは違っていた。こんなところまでわざわざそばを食べに来たのだから、「さすがそば処だ」と唸るくらいでないと、なんか寂しい。というわけで、その日のうちにもう一杯そばを食べることにした。うまいそばを食べたという実感がないことには、長野を去れないではないか。そんなことを考えつつ、次の目的地、善光寺に向かった。
■店名:そば打処 野麦
■住所:長野県松本市中央2-9-11
■電話:0263-36-3753
■営業時間:11:30~14:00頃(売り切れ次第閉店)
■定休日:火曜日、水曜日(祭日の場合は営業)
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