一乗院 高野山 宿坊

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特急列車が車輪をきしませながらゆっくりと山を登って行った。高野山へ向かう南海電鉄高野線は険しい山間を縫うように進む。およそ特急とは思えないゆっくりとしたスピード。少しずつ高度を上げ、上へ上へと登っていく。昔の人はこの道を歩いて登ったのだろうか。馬でもヘコタレそうなほど険しい道。電車で行けば、大阪から2時間。その時間以上に遠くに来たような気分になった。この感覚はペルーの古代都市マチュピチュに似ている。山を登るほど、俗世と隔離されていくような感覚に包まれた。
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極楽橋駅でケーブルカーに乗り換えた。それにしても極楽橋とはすごい名前だ。近くに同名の橋がかかっているそうで、その橋が駅名の由来という。乗り換え時間はごく短い。極楽橋を見学する余裕もなく、バタバタとケーブルカー乗場へと向かった。
電車、ケーブルカー、バスと乗り継いではるばるやってきた。この日泊まるのは一乗院という古刹。平安時代の弘仁年間(810年~)に開かれ、九条家の菩提所として栄えた寺だ。
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高野山には一般人が利用できる宿坊が53寺ある。朝のお勤めに参加したり、写経や阿息観(あそくかん:密教の瞑想法)などの修行体験をすることもできる。一乗院には狩野探採の襖絵や曼荼羅図をはじめ多くの貴重な美術品があり、自由に見てまわることができる。庭は美しく、よく整えられている。建物は清潔で風呂や洗面所は並の旅館を凌ぐ設備。お坊さんたちは丁寧に接してくれて、居心地がいい。
でも僕がこの寺に期待したのはそんなことではなかった。精進料理がうまいという噂。それだけでこんな遠くまでやってきたのだ。高野山に一度行ってみたいと以前から願ってはいたが、重い腰を動かすにはそれなりの誘惑が必要。精進料理がなければこんな山奥にまでは来なかったかもしれない。
東京で38℃を越えたこの夏一番の猛暑日。関西の暑さも異常で、ずいぶんと体力を奪われた。一乗院の温度計は26.5℃。暑さからしばらく逃れることができそうだ。半日、観光をしながら旅行で疲れた体をゆっくりと休めることができた。観光が同時に森林浴にもなり、英気を養えるのが高野山の素晴らしいところだ。
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夕食は精進料理、夏の「花山吹」。献立は、本膳、中猪口:モロヘイヤのお浸し、平椀:胡麻豆腐 山葵 割醤油、吸物:玉蜀黍すり流し ベビーコーン素揚げ、御飯:新牛蒡(ごぼう)御飯、香の物:季節の漬け物、水菓子:季節の果物となっている。
まずモロヘイヤのお浸しを一口食べて、ここまで来てよかったと思えるほどにうまかった。ベビーコーン素揚げは香ばしい。季節の果物はメロン、グレープのソース、ミントの葉。夏らしい気持のいいくらい澄んだ味わいだ。
弐之膳は、八寸:枝豆塩焼き 無花果 敷き胡麻ソース 蓴菜(じゅんさい)、冷やし鉢:茄子と茗荷の爽やか煮 ミニ陸蓮根 振り柚子、酢の物:夏のいろいろ野菜。お好みで用意されたマヨネーズは、もちろん動物性のものは使わずにつくられている。夏のいろいろ野菜のトマトは目を見張るほどにおいしかった。
参之膳、油物:季節の天麩羅、蒸し物:椎茸湯葉蒸し 隠元 露生姜、お造り:海ぶどう 白玉 細水雲 造り醤油。全体的に控えめで華やかな印象。そして野菜がうまい。味付けは控えめながらもしっかりとしている。
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僕らが一乗院に泊まったのは、料理長の石和田氏が一乗院に来て約1年、料理長に昇進して半年も経たない頃だった。長年日本料理の世界に身を置いていたとはいえ、石和田氏はまだ若く、精進料理の経験も浅い。でもとてもそうとは思えないほど、料理の完成度は高く、既に一乗院の精進料理を体現しているかのように思えた。
一乗院のHPによると、「精進」とは悪を断って善を行いつとめに励むという意味。仏教では食も修業の一つと考えるので、心をこめて料理をし、それをありがたくいただき心身を養うのが精進料理だという。
日本料理の味の基本は、「甘・鹹(塩)・酸・辛・苦」の五味。精進料理はそれに「淡味」がプラスされる。心を清く静めてくれる「淡味」こそ、精進料理ならではの醍醐味。淡味とは、文字通り淡い味わい。淡い味付けの料理では素材の個性が重要になる。淡味とは素材を生かす味付けでもあるのではないだろうか。
長く続いた旅行もこれで終了。一乗院を後にして、大阪から新幹線で東京に向かった。善光寺、伊勢神宮、英彦山、東大寺、高野山と、図らずもお寺ばかりまわる旅行となった。宿坊にも2寺泊まった。こうして西日本を縦断してみると、まだまだ面白い食との出会いは尽きないと思う。やはり地方にはうまいものがある。

■店名:高野山 一乗院
■住所:和歌山県伊都郡高野町高野山606
■電話:0736-56-2214

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