高家(たかべ)神社は、料理の祖神を祭る日本で唯一の神社。正直言ってよく知らなかったのだが、どうやらこの高家神社、料理関係者の間では有名な神社らしい。日本全国から料理人や醤油、味噌、醸造関係者などが参拝に訪れるという。高家神社といえば、「庖丁式」という珍しい神事でも有名。庖丁式は、平安時代初期に料理作法を作った時に、儀式として定められた。庖丁で魚を捌く儀式だが、魚に一切手を触れることなく行われるという。この庖丁式を、今回見せてもらえることになった。
高家神社は、千倉町市街を見下ろす高台にある。石段を登ると、視界が一気に開けた。遠くに見えるのは太平洋だろうか。心地よい風が吹く、気持ちのいい場所だ。まずは拝殿に向かう。賽銭を投げ込み、二礼二拍手して、手を合わせる。料理の祖神をまつる神社だが、さて、何をお願いしようか。その時頭に浮かんだのは、「貝類とサバに当たらないように」とかそんなことだった。魚や貝をおいしく食べたい。ちょっと間抜けなお願いだが、南房総の料理の神様なのだから、それほど的外れでもないだろう。
石段を登ってすぐ、左右に「庖丁塚」がある。庖丁塚は、日本各地にいくつもあるそうだ。うちの近くでも、上野の不忍池に庖丁塚はある。そういう意味では珍しくはないのだが、ここは日本で唯一料理の祖神をまつる高家神社。ここだけは特別な存在だろう。
石段の手前に社務所がある。この時は閉まっていて、人の姿は見えなかった。僕はご朱印の会のメンバーなので、ここでもご朱印を手に入れなければいけない。しかし誰に聞いても、社務所は休みだという。それでも諦めきれずに、帰り際に社務所を覗いてみた。するとたまたま中に人がいたので、ご朱印をお願いすることにした。僕のご朱印帳は渋谷のギャラリーに展示中で、手元にはない。仕方ないので別紙に描いて頂いた。これだけでも来た甲斐があった。
社務所を通り過ぎて少し行くと、小さな舞台と客席が見えてきた。ここが庖丁式を執り行う庖丁式殿だ。参拝を終えたメンバーは、ここに集合して庖丁式を見学することになっている。いよいよお待ちかねの庖丁式がはじまる。まずは白、黒、黄色、水色の色とりどりの包みを、まな板に広げる。これは鮑のことらしい。黒い包みは丸焦げにしたものの象徴。魚に当たって健康を害した時に、その原因となった部位を丸焦げになるまで焼いて、もう一度食べれば身体が治るという言い伝えが、この地域にはあるという。この黒い包みはその焦げたものの象徴だ。これらの包みをまな板に広げ、また集める。その後は塩をまいたり、まな板を研いだり、そういう儀式が続く。二人三人と、人が変わっていき、最後は刀主の登場だ。
右手に庖丁、左手に菜箸を持ち、魚に触れることなく捌いていく。面白いのは、切った後花びらのように円形に並べるのだが、ちょうどヒレの部分が外側に開くように尖らせているところだ。切って庖丁を抜く時に斜めに抜くようにして細工する。あんな不安定な状態でよくこれだけの技ができるものだと感心してしまった。
高家神社の庖丁式、珍しいものを見せて頂いた。南房総の食文化、そのポテンシャルの高さは、こういうところにも現れている。食は文化だ。食にまつわる神事がある土地も珍しいが、それだけ食を大切にした文化の発現だと思う。そろそろ腹が減ってきた。いよいよ、その食文化を胃袋で体験する時間だ。
■住所:千葉県南房総市千倉町南朝夷164
■電話:0470-44-5625(社務所)
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