ニコニコ定食(生ウニ、刺身、塩辛、イチゴ煮汁付)2,625円
陸奥湊駅は郷愁を誘うような寂しい駅だった。駅前には申し訳程度にロータリーはあるが、車の姿は見掛けない。でも、ここに立っていると、どことなく人の温かみのようなものを感じる。それはたぶん、駅前にある市営市場の活気なのだと思う。
市場は早朝には賑わいを見せていたはずだ。僕らが着いたのは市場も片付けをはじめる頃で、周囲にほとんど人を見掛けなかった。市場前の通りは坂道になっていて、下って行くと何でも売っている小さな店が軒を連ねていた。市場で仕入れたものをここに並べているのだろう。この坂をもう少し下ったところに今回の目的地はある。
まずは市営市場に入ることにした。そろそろ閉める時間のようだが、おばさんが「いいよ、ゆっくり見て行って」と声を掛けてくれた。お言葉に甘えて一通り見終えた後、先ほどから気になっていたウニを2つ購入した。これに醤油をかけてその場で食べるのが一番うまいよと、おばさんが教えてくれた。おまけに醤油までいただいてしまい、陸奥湊に着いたばかりなのに、この土地が大好きになってしまった。単純だけど旅先で親切にされると、誰だってそんな気になるものだ。
八戸市営魚菜小売市場
市場で買ったうに
地元の人の優しさに接して、いい気分で坂道を下った。目的の店はすぐに見つかった。八戸に来たら一度は訪れたいと思っていた店、大洋食堂だ。
大洋食堂は昨年の11月末をもって閉店した。僕がここに来たのは、そのちょうど一年前、一昨年の末のことである。店内は入ってすぐカウンターになっていて、座ると後ろを通れないほどに狭い。間口は小さいが奥には長い作りになっていて、意外と席数はあるようだ。手前のカウンター席から奥の小上りまでお客さんでいっぱいになっていた。
注文を紙に書いて渡すのがこの店のスタイル。ちゃんとフルネームで自分の名前も書く。注文ははじめから決まっていた。この店の名物、ニコニコ定食(生ウニ、刺身、塩辛、イチゴ煮汁付)2,625円だ。
刺身は数十種類の中から選ぶことができる。この日は、ヒラメ、マグロ、イカ、生つぶ貝、サーモン、サンマ、サメヌタ、タコ、エビ、シラウオ、シメサバ、ホタテ貝、アジ、ホヤ、イナダ、ホッキ貝(ゆで)、カニ、塩タラコの18種類。1品で注文するとひとつ350円だ。常時これだけの種類の刺身が用意されていて、しかもこの値段。さすがは八戸港が近いだけのことはある。
でも定食で2,625円はちょっと高くないだろうか。そう思った僕の予想は違った形で裏切られた。とにかく鮮度がよくて、魚がうまい。この美味しさであれば、この値段でもかなり割安に感じる。いちご煮はここでようやく本物を食べることができたと確信した。素材は新鮮でうまいし、出汁がよくきいている。八戸でもいろいろと食べてみたが、他店で食べたいちご煮とはあまりにも違いすぎる。たぶんこれが本物の味なのだろう。
いつも思うことだが、港町で寿司や刺身を食べると、魚は新鮮なのだが味がイマイチなことが多い。寿司はシャリに魚を載せるだけだから魚が新鮮だったらうまいに違いない。そう思うかもしれないが、これが全然違うのだ。結局は料理が上手くないと材料がいいだけではだめだ。それはもう間違いのないことだと思う。とはいえ、土地のものはその土地で食べるのが一番うまい。欲を言えばその土地の地酒があればなおいい。
生ウニ
イチゴ煮汁
塩辛
店の隣は「大洋荘」という旅館。ずいぶん前にこの旅館の営業をやめて大洋食堂だけになっていた。でもトイレは今でも旅館の方を使う。この旅館で食べる飯はうまかっただろうなあ。大洋食堂の食事のレベルの高さを考えると、この旅館にも泊まってみたかったと思わずにはいられない。
食後は意外なことにコーヒーがある。インスタントだがサービスで勝手に飲んでいいことになっている。この心遣いがうれしい。また八戸に来ることがあったら寄ろうと思っていたのだが、残念ながら昨年閉店してしまった。気に入った店には行けるうちに行っておいた方がいい。名店が消えるたびにいつもそう思う。陸奥湊は遠いけれども、今年再訪しようと思っていた自分が甘かった。ほんとうに残念で仕方がない。
少し時間があったので、店のおばさんに、この近くで時間をつぶせる場所がないかどうか聞いてみた。いくつか教えてもらったが「グレットタワーみなと」という展望台に行くことにした。タワーからは八戸の海や街並みが一望できる。ある程度目星をつけて、次は港に出てみることにした。方角は分かっているので、道は適当でもたどり着けるはずだ。地元の人しか通らないような道をジグザグに歩いていくと、やがて港にたどり着いた。
港を歩いていくと、たくさんの船が泊まった横に陸奥八仙の八戸酒造があった。こんなところにあるとは知らなかったので、見つけた時はかなり驚いた。見学もできるようだが、今回はそんな時間はない。大好きな酒だけにリサーチ不足が悔やまれる。その角を左に曲がって、駅の方に向った。また市場の坂道を上がって、大洋食堂の前を通る道だ。
八戸酒造
メンチカツ
大洋荘と大洋食堂
坂の手前にちょっと気になる店があった。「いそや」という肉屋だが、松坂牛を使ったメンチカツが名物らしい。こういうのは見つけたらすぐに買っておかないと。旅先で思いつきで店に入ったりするのだが、意外とハズレは少ないものだ。このメンチカツもなかなかうまかった。肉の扱いもきっちりとしていてなかなか好感が持てる。もう1店気になっていた「やなぎやコロッケ」を見に行くと、平成24年9月をもって閉店したという貼紙がしてあった。
一昨年、奥入瀬に行くついでに八戸に寄ったときは、時間の都合がつかず大洋食堂の訪問を断念した。今回は大洋食堂に行くことを前提に八戸での予定を立てて行動した。陸奥湊駅までは電車で4駅15分しかかからない。でもその電車自体が1時間に1本しかないから難しい。帰りの電車もある程度決めておかないといけない。閉店は残念だが最後に一度行けてよかったと思う。
■店名:大洋食堂 (閉店)
■住所:青森県八戸市大字湊町字久保27
大きな地図で見る