2010年01月12日
ペルー旅行記 アルマス広場 黄金博物館
ペルー旅行の最終日は、リマに戻って市内観光をした。まず向かったのは、大統領府のあるアルマス広場。スペイン軍のフランシスコ・ピサロが、このアルマス広場を中心にしてリマの都を築いたという。大統領府では、毎日12時に衛兵の交代式が行われる。広場には交代式を見るために多くの人たちが集まっていた。広場の周りには、大統領府、市役所、カテドラルなどがある。今でも市内の中心的役割を果たしているようだ。
サン・フランシスコ教会もアルマス広場の近くにある。16世紀に建てられたリマで最も古い教会だ。地下には墓地があり、大量の人骨が埋葬されている。その人骨の山を覗き込みながら順路を進む。洞窟のような場所なので、息が詰まるような思いがした。
近くのLa murallaで昼食。チチャモラーダという紫トウモロコシのジュース。かなり甘いジュースだった。ここは魚介のスープがうまい。日の光がよく入ってくる気持ちのいいレストランだった。
同じくリマにある黄金博物館に向かった。ここは残念ながら撮影禁止。1階は武器博物館になっていて、日本の鎧兜まで展示されていた。地下には、プレインカ、インカ時代の装飾品などが展示されている。驚いたのは医療器具の数々。ミイラの頭骸骨には穴のあいたものもあり、この穴は脳外科手術した跡だという。なんと脳外科とは。スペインがインカを滅ぼさなければ、その概要は現代に伝わっていただろうか。
ちなみに、インカは200人にも満たないスペイン軍にあっという間に滅ぼされてしまった。現地のガイドさんの話では、インカは宗教的な理由で夜戦争ができなかったそうだ。それを知ったスペイン軍は夜中に奇襲を仕掛けたが、インカ軍は抵抗せず殺されていったという。当時世界最強のスペイン軍が相手とはいえ、そういう事情がなければ、また違った展開になったかもしれない。
夕食はPardo's Chicken という鶏肉がおいしいと評判の店。定番のチキンの炭火焼と、この旅行ではお約束になったピスコサワー。
観光で最後に立ち寄ったのは、「恋人達の公園」という海沿いの公園だった。恋人達の巨大モニュメントがど真ん中にある。このモニュメントの存在感はすごい。とても雰囲気のいい公園で、特に海沿いの景色は素晴らしい。ツアーの何人かで写真を撮ったり、それまであまり話さなかった人とも話すことができた。最終日にこの公園の夕焼けを見ると、いよいよ日本に帰るという気分が高まった。
ツアーは9日間で、実動は7日間。新婚旅行でツアーというのも珍しいかもしれない。でもペルーはいろいろと大変なので、やはりツアーにしておいてよかった。参加した人たちとは帰国後仲良くなり、みんなで何度も食事に行っている。いい思い出になる楽しい旅行だった。
2010年01月08日
ペルー旅行記 ラ・ラヤ峠 チチカカ湖 ウロス島 LIBERTADOR PUNO
この旅行での最高地点、標高4,335mのラ・ラヤ峠に到着した。麓でも4,000m越えているのに、目の前の山の標高はどれ程だろう。雪化粧をした巨大な山脈の神々しい姿。ずっとここにいたくなるほど強く惹きつけられた。4,000mを超える場所では、早く動くとすぐに息切れをしてしまう。特に気をつけなければいけないのは、バスの乗り降りだ。バスが停車すると、高地であることを忘れて、階段を駆け下りてしまう。その数段駆け下りただけで、息苦しくなるほどに負担が大きい。高地では、ゆっくりと歩くことをいつも心掛けていた。そうしないと、すぐに気分が悪くなってしまうからだ。ここに来るまでにそのことを学んでいたので、ラ・ラヤ峠でも楽に対処することができた。ペルーのツアーは回る順番がほんとうに大事だ。いきなりここに来ていたら、寝込んでしまったかもしれない。
バスでチチカカ湖湖畔の街プーノに移動する。プーノには空港がないので、バスか高原鉄道で移動することになる。途中、民家に立ち寄り中を見せてもらった。伝統料理も作ってもらい、味見させてもらった。Sheraton Lima Hotelのバーで食べたトウモロコシ。ホテルよりもこちらの方がはるかにうまい。食べやすくアレンジされたものよりも、家庭料理の方が迫力がある。作りたての香ばしさも、ホテルにはない味わいを加えていた。
クスコで先に食べてしまったクイが家庭で飼われていた。なんとクイ専用の家まである。カメラを向けるとものすごい勢いで逃げ回る。こんなにかわいい動物とは知らなかった。この後、あの丸焼きが出たら食べられなかっただろう。
プーノに着くとすぐにウロス島に向かう。ウロス島はチチカカ湖に浮かぶ巨大な人工浮島だ。なぜ陸地に住まず、わざわざ湖に浮島を作ったのだろう。浮島の材料となるトトラと呼ばれる葦が、大量に生い茂っている。トトラの間を縫うように船でしばらく進むと、ウロス島が見えてきた。何かの物語に出てきそうな島だ。
島の作り方を模型を使って説明してもらった。模型といっても本物のトトラを積み重ねたミニチュア版で、実際に同じ作り方を見せてくれる。村で何かあった時に、島を切り離すこともあるという。葦で作っているとはいえ、こんな巨大なものを切り離すとは、相当な「何か」がないとやらないはずだ。
物見やぐらで島の全景を見ることができる。家の中に入れてもらったり、女性は貸衣装で撮影したり、ツアーのひとたちも楽しんでいたようだ。太陽光発電の家もあった。やはり観光で潤っているのだろう。いろいろ話をしていると、ウロス島出身ではない人がいることも分かった。ウロス島にお嫁に来たのかと思ったら、彼女は独身だと言う。ということは、出稼ぎなのだろう。物々交換の実演とかもしてくれたのだが、これも現実味のないパフォーマンスになってしまう。やはり、この島で生まれてずっと住んでいるということにしておいた方が、観光客は喜ぶのではないだろうか。
船に乗って隣の島も見学させてもらった。風が吹き抜けてものすごく寒い。湖畔の気温は大したことなかったのだが、チチカカ湖に出る時は上着を持っていかないとつらい。隣の島は本物っぽい雰囲気があった。食用の鳥をシメていたり、生活の臭いもしていた。生活をしていれば匂いもするものだ。先程の島は清潔で匂いはしなかった。やはり観光用なのだろうか。
チチカカ湖を見下ろす位置にある湖畔のホテルLIBERTADOR PUNO。湖が寒かったせいもあって、ホテルに帰ると夫婦共に体調が悪く、この旅行ではじめて夕食を欠席した。チチカカ湖も標高3,810mと高地にある。山の上であれば高山病に気をつけるところだが、湖なので油断してしまった。これまでの疲労もたまっているので、この日の夜は早く休むことにした。
2010年01月07日
ペルー旅行記 マチュピチュ
この旅行の最大の目玉、世界遺産マチュピチュにやってきた。インカがスペイン人に侵略された後も、長らく発見されなかった空中都市マチュピチュ。高い山の尾根にあるため、下からは全く見えない。発見が遅れたのはそのためだろう。ペルーレイルを下りバスに乗り換えて、さらに山を登る。マチュピチュには、太陽の神殿や夏至と冬至が正確に分かる窓などもあり、太陽の動きを観察できる仕組みになっている。インカにとって太陽は重要な存在だ。それにしてもこれほど観察のための設備が必要だろうか。マチュピチュには特別な役割があったのかもしれない。
数年後には遺跡の中に入れなくなる可能性があるそうだ。広場の中央に亀裂がが入っていて、それが年々広がっている。日本から京都大学の先生が来て、針金を張って行ったという。その針金はすぐに切れてしまい、今張られているのは3本目。ものすごい勢いで地殻変動しているようだ。マチュピチュは元々、地殻変動で壊れた山に作られたという説があるらしい。こんな山奥の高所に大量の石を運び込むのは大変な労力だ。写真の中央下側には崩れた巨石が写っている。山が崩れて露出したこのような岩を使って、遺跡を作ったのではないか。岩を切り出す必要もないので、その方が合理的だと思う。
中央の大きな山の山肌がピューマの顔に見える。さらにその右側の山が胴体になっているという。インカの聖なる動物ピューマは至る所で登場する。これは人工ではなくて偶然の産物。ガイドのマリオさんが子供の頃、マチュピチュに来た時に聞いた話らしい。ちなみにマリオさんは日本に住んでいたことがある。奥様は日本人だ。マリオさんはアマゾン専門のガイドだが、マチュピチュやインカの文化に関する深い知識も持ち合わせている。もちろんここに書いていることも、マリオさんに聞いた話が中心になっている。マチュピチュは謎も多いが、噂や言い伝えも多い。どれが本当のなのか誰にも分からないし、僕も詮索することにはあまり興味がない。ここに書いたことが僕の中での真実だということで十分だと思う。
まずは向かいの山の段々畑から遺跡全体を見学した。マチュピチュに入れなくなった後は、こちらから見るだけになりそうだ。ここからでも十分な近さでよく見えるのだが、せっかくマチュピチュに来たのなら遺跡の中に入りたい。マチュピチュまでの道のりはものすごく遠い。日本からアメリカ経由でペルーに行き、クスコから電車で3~4時間。さらにバスに乗って山頂に行き、最後は徒歩で少し山を登る。たぶん若い頃しか行けないし、僕ももう行くことはないだろう。そのくらい日本からは遠い場所だ。一生に一度でもいいから行ってみたかったのだが、新婚旅行で訪れることができて、ほんとうにいい思い出になった。
写真のうさぎのような動物は、実はうさぎではないようだ。耳の長いねずみの仲間という説もある。このうさぎに会えれば運がいいとか、雨が降るとかそんな話もあるという。
マチュピチュはまだまだ謎が多い。いろんな説があるようだが、教育施設ではないかというような説もある。太陽の動きを観察できる作りになっているので、ここで暦を作ったという人もいる。インカ帝国の皇帝は息子達に英才教育を施した。学問は、一つは天文の知識であり、もう一つはコカの知識だ。コカの葉に含まれる成分には覚醒作用や疲労回復作用がある。インカ帝国では、労働者にコカの葉を与え、コカの葉を噛みながら作業させることで、疲労や空腹を感じずひたすら働き続けることができたという。そして労働の対価としてもコカを与えた。コカを欲するようになることで、彼らは精神的にも帝国に支配されてしまう。そうやって統治したのがインカ帝国だという。
マチュピチュには上下水道が完備されていた。山頂なのに、いったいどこから水を引いてくるのだろう。水洗トイレの跡も残っていたが、今となってはただの穴でしかない。こんな場所に高度な文明があったということが、マチュピチュが何らかの特別な施設だったことを物語っている。
一番下の写真には落書きがされている。ちょっと見えづらいが、書かれていることは、「我々が最初の発見者だ」というようなことらしい。現地の農場主がマチュピチュの最初の発見者という話だが、その前に誰かが訪れたのだろうか。マチュピチュは、王族の妻たちが生活した場所だとか、伝染病になった人たちを隔離した場所などという説もある。何れにせよ、現地の人たちも知らないほど、隔離された秘密の場所だったようだ。
マチュピチュ村に下り、Toldoで昼食。ピザやパスタもあるビュッフェ形式のレストランだ。食後にはコカ茶が用意されていた。ペルーでは多くのレストランにコカ茶が置いてあるが、ティーパックのものが普通。コカの葉をお湯に入れて飲むのは、これがはじめてだった。コカは高山病対策にもなるので、飲んでおくのがいいという。高地にもだいぶ慣れてきたので、ここでもビールを1本飲んだ。山登りのあとのビールはいいものだ。
マチュピチュの麓には温泉がある。温泉好きなのでマチュピチュ温泉にも行きたかったが、なぜかこの時はそれほど行く気にならなかった。途中店で水着を借りて温泉に入る。ツアーの人たちは何人かで温泉に行ったようだ。今になってみれば僕も行っておけばよかったと思う。将来マチュピチュにまた行くことがあるかもしれない。その時の宿題にしておこう。
帰りは途中までペルーレイルで、その後はバスに乗り換えて夜景を見ながら帰る。車内では車掌さんがマスク姿で、わけのわからないパフォーマンスで爆笑を誘った。スタッフ全員によるファッションショーもあり、お客さんも参加して盛り上がった。これはかなり人気のイベントらしい。
夜はLIBERTADOR CUSCOに戻って夕食。ペルーの料理といえば、代表はセビ-チェだが、僕はこのアスパラのスープのうまさにも感激した。やはりLIBERTADOR CUSCOはいいホテルだ。朝食はコックさんがホールでスクランブルエッグを作ってくれる。こちらでは卵は食べないように言われていたのだが、つい食べたくなるほどおいしそうな香りがする。我慢できず少しいただいてみた。ふわふわの卵で味もいい。体調も特に問題はなかった。
バスでの移動中、有名なパン屋の前で停車してパンを購入した。大きなパンなので、1枚を全員で分けて食べた。やや甘みのあるパンで、かなりおいしかった。これは日本でもウケるのではないだろうか。
その後立ち寄ったのは、アルパカやリャマなどがいる販売所。ここでは自由に餌をあげることができる。ベビーアルパカなどの毛は高級な素材。現地でもかなり高いのだが、交渉をしていくと、元値は何だったの?と拍子抜けするくらいに大幅に値下がりしていく。うちの奥さんはベビーアルパカの赤いマフラーを購入。写真の上の方に写っている花柄のマフラーだ。たくさん動物がいるので、みんなで触りまくった。思い出に残る楽しい休憩だった。
2010年01月06日
ペルー旅行記 サクサイワマン要塞跡 Don Antonio ペルーレイル
クスコは、インカの聖なる動物ピューマをかたどって建設されたと言われている。この説によると、ピューマの頭の部分に相当するのがこのサクサイワマン要塞だ。クスコから更に少し登ったところにあり、標高はなんと4,000m。気持ちのよい広場だが、調子に乗って走り回るとすぐに息切れしてしまう。高山病にならないように注意しながら行動しなければならない。
巨石を3次元のパズルのように複雑に組合せた要塞、サクサイワマン要塞跡。3層に積まれた石壁は長さ約360mにも及ぶ。中には高さ5m、重さ360tもの巨石もあるというから驚きだ。一説によると、1日3万人を動員して完成までに約80年もかかったとも言われる。スケールの大きな話だ。昔スペイン人に破壊されたため、今では基礎の部分だけが残っている。
アンデスの民族音楽フォルクローレなどのショーを見ることが出来るDon Antonioでの夕食。クスコは標高が高いので、この日はアルコールはなし。この時はみんなインカコーラを飲んでいたようだ。これが意外とおいしくてハマる。クイというアンデスのモルモットを食べた。写真の右側に写っている骨付き肉がそれだ。鶏肉のようなサッパリとした肉質。生きているクイは、たぶん2つ先の記事に出てくるが、これが結構かわいい。実物を見た後だったら、食べることは出来なかっただろう。先に食べておいてよかったと思う。
さて、いよいよマチュピチュに向かう。麓まではこのペルーレイルでの移動になる。距離的には大したことないのだが、この列車がそれほど早くはないので、数時間の長旅になる。気の利いた列車だったので、快適に過ごすことができた。
ペルーレイルは、東アンデス山脈を望む景色の美しい鉄道だ。美しい山や川、石積みの段々畑などを見ることができる。小さな遺跡らしきものもそこら辺にある。よく注意して見ているといろいろと楽しめる。真横にインカ道も見ることができる。インカ道は、インカ帝国時代クスコを中心に張り巡らされた総延長約40,000kmにも及ぶネットワーク。一定の間隔で宿場や小屋が置かれ、そこに飛脚が配置されたという。インカ帝国の統治システムの一つだ。この道でマチュピチュまで歩いて行く人たちも多い。ペルーレイルは、車窓の景色が綺麗で快適な列車だった。
2010年01月05日
ペルー旅行記 LIBERTADOR CUSCO サント・ドミンゴ教会 12角の石
次の日はナスカからクスコに移動した。クスコはアンデス山脈にある古都で標高3,600m。ナスカの標高は約600mなので、なんと3,000mも高い場所に上ったことになる。急に標高が上がるので、クスコで高山病になる人が多いという。マチュピチュの標高は2,400m。クスコよりも1.000m以上低い。マチュピチュではちょっとした山登りをするが、僕らはクスコで高地に慣れた後マチュピチュに行ったので、楽に歩くことができた。
今回のツアーで最もよかったホテルがこのLIBERTADOR CUSCOだった。料理もおいしいし、立地もいい。観光しやすい場所にあって便利なホテルだ。クスコはインカ帝国の首都で、市街は世界遺産に登録されている。一見、スペイン人が作った街並みだが、至る所にインカの痕跡が見て取れる。
インカ時代は太陽の神殿だったサント・ドミンゴ教会。スペイン人が神殿を壊して教会を作ろうとしたが、カミソリの刃も通さないというインカの石組みは壊すことができなかった。仕方なく土台は残してその上に教会を作ったが、度重なる地震によって教会は崩れてしまったという。ところが、土台はびくともせず、欠けることさえなかった。当時の先進国スペインの技術をはるかにしのぐインカの石組み。その真骨頂は有名な「12角の石」だろう。インカの人々は石を精密に切り出し、組み合わせて土台を組んだ。「12角の石」にはその技術の高さがうかがえる。
昼はANDEAN GRILLという店。ここでは少年たちが音楽を披露してくれた。写真はインカの子孫。店内に飾られていた写真だ。隣の白人の身長は何cmあるのだろう。何れにせよ軽く2mを超えているようだ。
2010年01月04日
ペルー旅行記 LAS DUNAS & Sheraton Lima Hotel
ナスカからイカに移動し、LAS DUNASホテルで昼食。ナスカの地上絵はイカからもセスナが飛んでいる。ホテルと飛行場が近いので便利そうだが、セスナの飛行距離が長いので酔いやすく、現地の天候も読みづらい。どちらにするかはツアーの都合といったところだろう。
こちらではオプションでサンドバギーが用意されていた。僕は申し込まなかったので、ラウンジでビールを飲みながらサンドバギーが終わるのを待つことにした。このZendaビールもなかなか旨いビールだった。しかしこの旅行ではビールをよく飲んだ。この後移動するクスコの標高が高いので、アルコールにもタイムリミットがある。移動の前日はお酒は控えなければならない。
このセビ-チェは抜群にうまかった。ピスコサワーの出来も素晴らしい。ケーキはちょっと甘すぎて合わなかったが、それ以外は大満足。このホテルに泊まるツアーが羨ましいほどに、どの料理も完成度が高い。
敷地には、プールが3つとテニスコートなどがあり、ゴルフやサッカーも楽しめるという。このホテルに泊まったら1泊ではもったいない。長期滞在で遊びまくるようなところなのだろう。
初日に泊まったSheraton Lima Hotelに戻ってきた。夜はこちらで宿泊する。朝はビュフェで、ケーキやフルーツもいただいた。そしてもちろんピスコサワーも。初日はバーで飲んだが、このピスコサワーはレストランのもの。なんか毎日飲んでいる気がするが、店によってそれぞれの味があって、なかなか楽しめる飲み物だ。
2010年01月03日
ペルー旅行記 ナスカの地上絵 セビ-チェ ワカチナ湖
2日目の昼は人気のレストランEl Piloto。名物料理セビ-チェ (CEBICHE)を食べに行った。その後、砂漠のオアシス、ワカチナ湖に立ち寄り、ナスカのホテル「HOTEL NAZCA LINES」にて夕食。翌日はこの旅行のメインの一つ、ナスカ地上絵遊覧飛行に向かった。
El Pilotoは地元の人や観光客で賑わっていた。なかなか雰囲気のいいレストランだ。セビ-チェは、白身魚やタコなどにレモン汁、玉葱、香辛料などを混ぜ合わせて漬け込んだもの。ペル-を代表する料理だ。 レモンソースの魚介のマリネといったところだろうか。付け合せにはジャイアントコーン。もっちりとした食感で、これもなかなかうまい。パエージャは、スペイン料理がそのまま根付いたもの。食後はペルーのデザートでは欠かせない果物、ルクマのアイスクリーム。ペルーではバニラと並んで定番のアイスクリームらしい。食後はコカ茶。コカインの原料となるコカの葉のお茶で、現地の人は日常的に飲んでいる。コカ自体には依存性や精神作用はないらしい。飲んだところ普通のお茶だが、このティーパックは日本に持ち帰ることができない。
砂漠の中にある湖、ワカチナ湖に立ち寄った。まさに砂漠のオアシスのような場所だ。サンドバギーで砂漠を疾走するオプションのあるツアーもあるらしいが、我々は湖の周辺を見学して終了。ホテルに向かった。
ナスカのホテル「HOTEL NAZCA LINES」は、中庭にプールがあるリゾート気分に浸れるホテル。夕食はアスパラのスープではじまった。これはペルーではよく出てくる。ビールはペルーでは数種類あったが、僕はこのクスケーニャが一番気に入った。最後のデザートは手作りのプリンのようなもの。かなり甘かったがおいしかった。部屋に戻って、ペルーの国民的ジュース「インカコーラ」を飲んでみた。駄菓子屋的な懐かしい味で、コーラというけれど、たぶん何の関係もない。翌朝の朝食は、バイキング形式。手前の黄色いのはサボテン。種ごと食べることができる。ペルーでは完全に果物の扱いになっているようだ。
翌日は、世界遺産「ナスカ地上絵」。まずは展望台ミラドールに登って周囲を鑑賞した。このミラドールの下で、ナスカの石に地上絵を彫りこんだキーホルダーを売っている。お土産にいくつか購入してみた。セスナに乗って、ナスカ地上絵遊覧飛行。乗るまでは少し恐かったが、乗ってみると意外と快適。旋回をしながら地上絵をしっかりと見せてくれる。パイロットの方の人柄もよく、楽しい飛行だった。最初の写真はなんと宇宙飛行士。最後の写真にはミラドールが写っている。登って地上絵を見た時は何だか分からなかったが、上から見ると木の絵だということがよく分かる。ただ、地上絵のど真ん中に道路を作ってしまっているのが、なんとも惜しい。ずっと見てみたかったナスカの地上絵。こんな遠くまで来ることはもうないだろう。いい思い出になった。
2010年01月02日
ペルー旅行記 Sheraton Lima Hotel
昨年はバタバタと忙しい1年だった。挙式・披露宴を終え、その後は新婚旅行。それほど海外旅行が好きではない僕が、唯一行ってみたかったのが、ナスカとマチュピチュ。それから古都クスコ。これは全部ペルーにある。これらペルーの名所をまわるツアーがあったので、参加することにした。9日間のツアーは楽しい思い出になった。この時のメンバーはとても楽しい人たちばかりで、帰国後も意気投合して、既に5~6回飲み会をしているほど仲が良くなった。それもこれも、こんな遠い地で過ごした楽しい日々があったからだと思う。
ペルーの首都リマに到着。Sheraton Lima Hotelの宿泊した。
ホテルには素晴らしいバーがあった。ここではじめて飲んだのが、ペルーで1番人気のカクテル「ピスコサワー」。ペルー原産のマスカット系のブドウで作った蒸留酒、ピスコ。このピスコに、レモン果汁や卵白、砂糖などを加えたものがピスコサワーだ。さっぱりとして飲みやすいカクテル。日本でも人気が出そうな飲み物だ。
ツマミに出てきたコーンが、ものすごくうまかった。ペルーのトウモロコシを揚げて、塩をまぶしたもの。これがスナック感覚で、食べだすと止まらない。香ばしい香りもたまらなくいい。
翌朝のホテルの朝食はビュッフェ形式。よくある単調なホテルの朝食とは違って、多彩なペルー料理のビュッフェだ。Lomo saltado(牛肉と野菜炒め)、Chicharron de cerdo (豚のから揚げ)、Tamales (トウモロコシのタマル)など。タマルとは、練ったトウモロコシの粉に香辛料やひき肉などを混ぜて、トウモロコシの皮に包んで蒸したもの。食事はかなりおいしい。ペルーの食文化に触れて、初日からテンションが上がってしまった。この旅行は食べ物もかなり期待できそうだ。

