自分の田舎でも何でもないのに、妙に落ち着く場所がある。僕は福岡県出身だが、大学生の頃はよく日田にドライブに行った。日田に行くには、うねるような山道を越えていかなければいけない。直線距離だとたいしたことはないのだが、山道を通るか迂回をするか、いずれにせよちょっとしたドライブになった。
夏、やな場で食べる鮎はなんともいえない楽しさだった。梁漁(やなりょう)は、木や竹で組んだ「梁(やな)」と呼ばれる巨大なざるのようなものを川に設置し、魚がかかるのを待つという原始的な漁法。特に鮎には効果的とされる。川だと思って泳いでいたら、突然すのこの上に打ち上げられるという、鮎にしてはやりきれない仕掛けだ。日田のやな場も昔はこうして鮎をとったのだろう。その場で串刺しにして炭であぶる。やなの隣は細長い木造のテラスのようになっていて、そこで焼きたての鮎を食べることができる。今では養殖の鮎を使っている。形だけになったやなは、子供たちの遊び場だ。時々ほんとうに鮎がかかることもあるが、それで商売ができるほどの量がとれるわけではない。日田と言えば昔は天領で、水がおいしく、文化的にも興味深い土地だ。温泉などもあるが、僕らは特に目的もなく街中を散策するのが好きだった。
友人と4人で大はら茶屋に向かった。店の場所は非常にわかりづらく、地元の人が一緒でなければたどり着けないようなところにあった。大原八幡宮がある山のわきに細道がある。山を回り込むように上に上に伸びている。うっそうと木々が茂るその道を上ってゆくと、八幡宮を中心に敷地に沿って回り込むように裏山の上に出る。その坂を上りきったところに、大はら茶屋の入口があった。竹藪をより分けるように作られた入口には、木の看板が掲げられている。そこから石段をずっと下まで下りていくと玄関があった。建物は築数百年の古民家で、重厚な落ち着きがある。予約した席は窓際にあった。大きく開けられた窓からの景色は一面の竹林。竹林を通して青白い光が差し込み、幻想的な雰囲気に包まれている。建物自体が竹林に囲まれていて、風で竹の葉がすれる音以外は何も聞こえない。静かな時間が流れている。
名物の「花てぼ弁当」(2,420円)は、山里の幸を十数種類竹かごに盛り込んだ点心弁当。日田では、柄のついた竹かごのことを「花てぼ」という。日田には独自の文化があり、食も魅力的だ。田舎でありながら、文化的な香りがするところがいい。そのへんが僕が日田を愛する一番の理由だと思う。大はら茶屋は、湯布院の亀の井別荘の料理長をされていた方が地元で開いた店。料理には定評がある。花てぼ弁当を人数分と、地どりくわ焼き(1,600円)を注文した。「放ちがいの地どりをくわの上で焼きながら・・・・・・」とメニューにはある。「くわ」とは、「桑」のことだと勝手に思っていたら、「鍬」の柄が運ばれてきた。そうか、鍬の上で焼く農家の料理なのか。桑の香りを移した上品な料理を想像していただけに、これはかえって面白く感じた。
デザートに、くずきり(700円)も注文した。吉野本くずを使用している。奈良の吉野地方は、上質の水、気候など葛粉の精製に適した土地。吉野本くずは「吉野晒し」という伝統製法で作られている。豊かな風味や透明な質感で知られる逸品だ。
大はら茶屋を後にして、日田市街に出掛けた。江戸時代天領だった日田は、経済的にも非常に栄えた土地だった。中でも豆田町には御用達の商家が集中し、今でも古い蔵屋敷などが並ぶ観光地になっている。薫長酒造には、元禄15年(1702年)に建てられた酒蔵が今も残っている。5棟の蔵はすべて当時の姿で残っており、今でも清酒や焼酎の製造を行っている。
ふらっと立ち寄っただけだが、蔵の中を自由に見学することができた。道路を挟んだ向かいには、天然酵母のパン工房「KOGURA」があり、パンやコーヒーを楽しむことができる。豆田町の街をぷらぷらと散歩して、この店に入った。途中で休憩を取るにはちょうどいい店だった。
■店名:大はら茶屋
■住所:大分県日田市田島2-656-6
■電話:0973-24-7577
■営業時間:11:00~16:00 ※花てぼ弁当が売り切れ次第閉店
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