湯島の鳥栄は1909年の創業。100年を超える歴史ある軍鶏鍋の老舗です。こういう店は気軽には行けません。自分の中でそれなりに心の準備ができてから訪問したいものです。その準備はまだ出来ていなかったのですが、「鳥栄いきません?」と某編集長さんが誘ってくれました。背中を押されるとはこのことでしょうか。この機会に行っておいた方がいいでしょう。鳥栄は予約の難しい店としても有名です。予約は奇数月の月初めの日からと決まっているので、半年くらい前でないと取れないそうです。今回、予約をしてくれたのはフードジャーナリストの森脇慶子さん。森脇さんといえば、dancyuをはじめ多くの雑誌で活躍するフードライターの大御所です。東京最高のレストランの採点者でもあります。その森脇さんと鳥栄でお会いできるということで、いつも以上にそわそわとしながらお店に向かいました。
料理はしゃものスープ煮ただ一つ。これは創業以来のメニューだそうです。真っ赤になった炭火の上に小さな薄い鉄鍋を載せます。そこに鶏がらスープを注いで温める。この中で鶏肉を煮て、大根おろしで食べるのが鳥栄のスタイルです。なんともシンプルな鍋。100年もの長い間、このやり方で通してきただけあって、全く無駄がありません。
大皿に鶏肉が盛られて出てきました。この軍鶏肉の美しさには目を見張るものがあります。あとは自分たちで好きに煮て食べればいいのですが、誰が煮るかというのが非常に重要。この日のメンバーからして、一番下っ端の僕がやるのが常識でしょう。でもここではちょっと違います。みんな「おいしい軍鶏鍋」が食べたい。最初「僕がやります」と言ったのですが、「いえ、今日は私が」と森脇さん。森脇さんの前でヘタクソが手を出すわけにはいきません。そのおかげで、この日のメンバーは、鳥栄で一番おいしい軍鶏鍋を食べることができたと思います。森脇さんは長年ほぼ毎月、鳥栄に通っているそうです。鳥栄を熟知した森脇さんが鍋当番。こんな贅沢な食事はこれまでになかったかもしれません。
まずササミと胸肉をしゃぶしゃぶのようにサッっと鍋にくぐらせて、次々と配ってくれます。柔らかい部位はこのくらいの火加減がちょうどいい。この段階で早くも、森脇さんがいなかったらこの美しい鶏軍鶏をダメにして食べたんだろうなあと思ってしまいました。逆にもも肉は鍋に沈めて少し長めに煮ます。その間にササミと胸肉を煮ればいい。淡々と迷いなく作業が繰り返されます。鶏肉以外は豆腐とネギだけ。これでも十分すぎるほどの満足感がある鍋です。薄味で非常に繊細なので、濃い味や強めの出汁が好きな人には物足りなく感じるかもしれません。
一軒家の2階の狭い部屋で、4人で鉄鍋を囲む。酒をちびちびとやりながら、昔の料理屋にタイムスリップしたような感覚です。はじめてなのに、懐かしいような妙に落ち着く空間。この雰囲気も鳥栄の魅力の一つだと思います。
メインのつくねが大皿に盛られて運ばれてきました。包丁で叩いてドロドロの状態。いい香りがします。これをスプーンで取って鍋に入れます。小さくまとめて短めに煮た方がおいしいようです。常連の森脇さんはお店に塩を置かせてもらっています。フランスの塩だそうですが、これをつけて食べると軍鶏肉の旨みが一気に引き立ちました。つくねの柔らかなおいしさが広がるような塩のセレクト。これには感服しました。
途中、スープを湯飲みに取って、塩で味を付けて飲みます。鶏肉を煮て更に旨みを増したスープは深みのある味わいになっています。それにしてもこれだけ軍鶏肉を煮てもスープが全く濁らないのは不思議です。この秘密はどこにあるのか、やはり肉がいいからなのでしょうか。
最後のお楽しみは、スープかけご飯。滋味豊かな軍鶏鍋スープをご飯にかける汁かけご飯です。これがそのままでもおいしく食べれるから不思議です。あれだけ軍鶏を煮たあとで鳥の臭みや濁りが一切ない。汁飯にも塩を振ります。この時、つくねを残しておくのが森脇さんのやり方。僕もちゃっかりと真似させてもらいました。
食後はひたすら鶏のスープを飲み続けます。酒も飲んでいるのに、スープの方が進むというのも珍しいことです。中には延々とスープを飲み続けた人もいたというほど、この味にハマる人は後を断たないそうです。こんなにシンプルで旨い鍋があったとは。今まで鳥栄に行かなかったのが、悔やまれるほどです。また機会があったら行きたい、というか機会を作ってなんとしても今年中にもう一回行きたいと思います。鳥栄は真夏もクーラーはありません。炭火で熱々になった鉄板を囲むと灼熱地獄のようになるそうです。ネタ的にはやはり真夏にも行っておきたいところ。汗だくの軍鶏鍋もたまにはいいかも知れません。
■店名:鳥栄
■住所:東京都台東区池之端1-2-1
■電話:03-3831-5009
■営業時間:17:00~21:00
■定休日:日曜・祝日
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